2008年、リーマンショック。
画面の数字が減っていくのを、ただ呆然と見ていました。
投資資産の60%が、一気に消えました。
「もう投資なんてやめたい」
何度もそう思いました。
売ればいいのか、待てばいいのか。 初めてのことで、どうしていいかわからなかった。
でも正直に言うと、 損を確定させたくなかっただけです。
結果的に、それが正解でした。
そして翌年、夫が亡くなりました
リーマンショックの翌年、
夫が病気で亡くなりました。
4年間、病気と闘いました。
一度は完全に回復したかと思うくらい元気になった時期もありました
でも、
急に病状が悪化して、心の準備もできないまま、
入院から一週間で亡くなりました。
子どもはまだ5歳。
きっと心残りだったと思います。
相場も、人生も、足元が崩れるような感覚でした。
どこに向かえばいいのか、わかりませんでした。
働きながら、前を向くしかなかった
夫の両親が、毎日息子を見てくれていました。
もともと行き来のある関係だったので、息子も大きく環境が変わることはありませんでした。
それだけが救いでした。
遺族年金が月10万円ほど入り、私も働いていたので、生活はなんとか成り立ちました。
でも、本当に「なんとか」です。
泣きながら働いた日もありました。
毎日は止まってくれません。
前を向くしかありませんでした。
保険金が下りたとき、初めて知ったこと
夫が亡くなって、生命保険が下りました。
でも、思っていたよりずっと少なかった。
明細を見て初めて知りました。
生命保険から借入していた分が、差し引かれていたのです。
生活が苦しい月があったのか、自分の保険から借りていたようでした。
自営業だったので、きつい時期もあったんだと思います。
プライドが邪魔して、私には言えなかったのかもしれません。
怒りはありませんでした。
「あの人らしいな」
そう思って、少し笑えました。
FPの言いなりで買っていた時代
夫を亡くしてからも、投資は続けました。
当時は対面の証券会社で、FPさんに勧められるまま買っていました。
毎月分配金が出るタイプのファンド。
入金があるから安心した気になっていたけれど、気づけば元本が減っていく。
FPさんが悪い人だったわけではありません。
良いアドバイスをもらったこともありますし、その証券会社との付き合いも今も続いています。
ただ、当時の私は
「自分で何もわかっていなかった」
それが一番の問題でした。
自分で学んでから、変わった
ちゃんと投資について考えるようになったのは、NISAがきっかけです。
マネースクールにも通いました。
初めて、自分のお金のことを自分の頭で考えるようになりました。
NISAをきっかけにSBI証券を開設し、
オルカン・S&P500を中心に積み立てるようになりました。
完璧な判断なんて、今でもできません。
でも、ひとつだけ決めていること。
「わからないまま買わない」
それだけは守っています。
気づけば17年
たくさんのことがありました。
それはまた、少しずつ書いていこうと思います。
縁があって再婚し、娘も生まれました。
減らす怖さを知っているからこそ、
増える喜びもちゃんと味わえます。
コロナショックのときも、やめませんでした。
あのどん底を知っているからこそ、
今がいちばん穏やかで、幸せだと思えます。
ひとつだけ、伝えたいこと
生命保険の受取人。
ちゃんと確認してください。
結婚や出産のタイミングで、必ず見直してほしいです。
これは、私の経験から強くお伝えしたいことです。
そしてもうひとつ。
投資は、お金を増やすためだけのものじゃありません。
自分で選べるようにするためのものです。
家族で旅行に行くこと。
美容にお金をかけること。
今しかない時間を、ちゃんと楽しむこと。
家族と笑って過ごせる時間を、自分で選べること。
あのどん底があったから、今ここにいます。
だから私は、これからも投資を続けます。
今を楽しむために。
現金だけが安心だと思っていた時期のことは、こちらにも書いています。
保険金をどう使ったか、その後の話はこちらに書いています。

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